2000年01月01日

■ 00年1月の1枚
 
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ヒマつぶしに描いたコーヒーの絵です。この日はなぜか手が震えて止まらなかったので(よくあるんですが)、細かいところまで描けませんでした。でも逆に結果オーライという気もします。この絵を年賀状に使いました。題を「おとそ」にして(笑)。

「静物の習作」 1999 20×27cm 不透明水彩


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■ 00年1月のタワゴト

新年明けましておめでとうございます。何も変わりませんが。ま、文句から始めるのもなんなので、たまには機嫌のいい事も書きます。トミタアートスクールの生徒さんたちの展覧会、素晴らしかったです。気取ったギャラリーの展示よりよっぽど良かったです。特に私の生徒さんのコーナーは輝いておりました。あっぱれ。どの絵も自分が描いた絵のように愛おしかったです。どう取られても仕方のない発言かもしれませんが、私、気付きました。それらの作品は「私が生徒さんを通して描いた」ように思えました。生徒さんを筆代わりにして私がそれらを描いたわけです。別に最近描いていない言い訳ではありませんけど…。まあとにかく、商業的でなく、超個人的な題材で、好き勝手に描かれた絵というのは見ていてとてもすがすがしく、無条件で良い。私は間違った事を教えていない!と確信が持てました(他の教室の生徒さんの作品の中には「間違った事を教えられている!」と指をさして言いたくなるようなものがたくさんありました。技術の問題ではなく。絵を描く姿勢、いうなれば根本。多分目指すゴールそのものを最初に間違って教えられている…あ、また文句になっちゃった)。えー(コホンッ!)まあ、生徒さんにも今回の展覧会は刺激になったはずですし、私もこれからのやり方にも一筋の希望が見えましたので、こんな私ですが今年もどうかよろしく。 



usaandryo at 01:01コメント(0) 

1999年12月01日

■ 99年12月の1枚

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今月は大サービスで2枚です。最近透明水彩を触っていなかったのであせって描きました。カリフォルニア州のヨセミテ国立公園です。油絵の為にあたためていたモチーフだったんだけどね〜。

「ヨセミテ国立公園 1&2」 199920 27cm 透明水彩


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■ 99年12月のタワゴト

先月14日、広島県立美術館で開催されているダリ展のゲストに横尾忠則氏が講演に来た。友人3人と聞きに行った。一応題目が「ダリに会った日」ということで、横尾氏は、ダリの家に押しかけて行って無理矢理会わせてもらった何十年も前の話を(めずらしく流暢に、そして朗らかに)してくれた。特に「すげ〜っ!」とか思う類いの話ではなかったのだが、要するに、「絵は理論ではなく感覚で見る物」だという事を何度も何度も力説していた。そして私は「うんうん、ま、そうだよね」という程度に納得し、適度に(横尾氏に対する)好奇心も満たされ、それなりに楽しい話で心地よい気分になった。早速ダリ展を「感覚で」見て回ろうと思った。

が、結局見ずに帰った。さっさと帰った。それから一日気分は台無しだった。

なんなんやあの最後の質疑応答は!!!お前ら今まで2時間何の話を聞いとったんじゃボケーッ!さんざ横尾氏が「感覚の大事さ」についてあれだけ語ってくれたのに、最後の質疑応答は「自分の知識自慢」と「理論攻め(ってほど大した理論じゃないんだけど)」ばっかりで、横尾氏も「あー、僕、そういう事、興味がないんで…」って返事に困っとったじゃん、可哀想。大体あんなフランクなお話を必死でメモ取りながら真っ剣に聞くお前らには一生絵なんかわかるもんか!お前らは結局芸術を左の脳みそでしか見る事ができんのじゃ、カタヨリバカ!それで知ったかぶりすんな!!こういうタイプの人たちって、絵の説明を読んで感動したことはあっても、絵の前に立ってガーンときたりクラクラしたりボロボロ泣いたりした事なんてきっとないのでせうね。お気の毒。

あーもう本当に気分が悪くなって3人でさっさと帰りました。私が横尾氏だったら…と想像すると、多分あんなにやさしく返答してやれたかどうか疑問です。がっかりだよほんと。まー、予想以上に横尾氏カッコよかったんで、それが救い(笑)。ネコが死んだショックで喘息になってめっきり弱っちゃってましたが。 

 



usaandryo at 01:01コメント(0) 

1999年11月01日

■ 99年11月の1枚


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なぜでしょう、季節の変わり目が幼い頃と比べていい加減になってきているように思います。だらだらと暑くて秋らしい秋を感じることができません。 ・・・と、言っていたら突然冬が来ちゃいましたね。少し旬を過ぎてしまいましたが、カキとザクロを描きました。ちなみに両方とも食べるのは嫌いです。

「赤い果物の習作」 1999 はがき 不透明水彩


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■ 99年11月のタワゴト

「想像力」という才能がある。大人になると「そういう能力は生まれつき持っている人と持っていない人がいるものだから…」という言い方をして逃げるようになる。想像力が本人の努力で育まれるものだと信じようとしない(お前らの事じゃ)。「どうしてこの人はこれをこういう風に描いたのかしら」と言うくせに、実際にその人がどうしてそれをそういう風に描いたのか考えようとしない。「どうしてこれがこんな色に見えるの」と口にしてしまったなら、それがそんな色に見えるようになるまでそれを見続けろ。

留学記を入力しながら(SONOTAWA→オノの作品集→留学記89-90 でどうぞ)、ふと、自分で無意識に想像力を育む努力をしていた事に気が付いた。「物がない」という状態が、結果的に想像力の増強につながった。アメリカの片田舎で、どれほど「物がない」環境で暮らしていたかは留学記を読んでもらうとして、ま、結論だけ言うと、「こんなに物の豊かな状況で絵を描いてても上達しない」のである。画材屋さんはありません。持っているのは鉛筆と消しゴムだけです。という時、たいていの人は油絵を描こうとしない。だが私は描けるかもしれない、と想像する。鉛筆と消しゴムだけで、どれだけの色が作れるか挑戦してみる。鉛筆と消しゴムだけで、どれだけ筆のストロークに似た表情が出せるか試してみる。鉛筆と消しゴムだけで、私は油絵が描けたのである。そうやって、知らず知らず私は鉛筆と消しゴムのあらゆる使い方を修得していた。

絵画教室で私は「パステルや絵の具はできるだけたくさんの種類を持っていた方がいい」と生徒さんに言っているが、それは「たくさんのパステルや絵の具を持っていない辛さ」を知っているからである。生徒さんには楽をしてほしいからである。あるものを最大限に使って最短距離で「生徒さんが描きたいと思っている絵」を早く完成させてほしいと思っているからである。「苦しんでも辛くても面倒臭くても遠回りをしてもいいから、自分がどこまで描ける人間なのか知りたい」という人にはそう言わないけど。美大受験用の予備校に通っていた頃、溶き油の調合の割合まで教えてくれたのには参った。で、この色とこの色の絵の具、このサイズとこのサイズの筆を揃えなさい、とか書いてあるプリント渡された(笑)。私、別に、間違ったものを買って失敗したって全然構わないんですけど…。それはそれで何とかしていこうって考える事のほうが、上手い絵を描く事より大事だと思うんですけどねえ。

--- な〜んて「思い出しタワゴト」でした。

 



usaandryo at 01:01コメント(0) 
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